日本マクドナルド創業者 藤田 田に学ぶ革命

 「92センチ」

 

 

みなさん、この数字が何を表す数字がご存知でしょうか。

これは、人がポケットから1番お金を出しやすい高さです。

これを考案し、採用しているのが「日本マクドナルド」。そしてその創業者である藤田 田(ふじた でん)さんです。

この戦後を代表する経営者の1人、藤田 田さんは「日本トイザらス」の創業者でもあります。

今回は、伝説の経営者と呼ばれる藤田 田さんについて紹介し、自分の意見なども交えながら記事にしたいと思います。

 

 

さっそくですが、

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こちらが藤田 田さんです。

1926年に大阪で生まれ、東京大学に在学中に「藤田商店(輸入雑貨販売店)」を起業し、成功させています。そして日本マクドナルドを創業し、「醤油と米」の日本に、「パンとケチャップ」の文化を作り定着させました。

 

そもそも、日本マクドナルド創業のきっかけはなんなのか。

 

それも、この藤田商店が関係しています。この会社が日本マクドナルドの母体となるわけですが、藤田商店の支店が米国のシカゴにあり、そこの支店長がマクドナルドという急成長しているハンバーガーチェーンがあるから、社長に会ってみないかと持ちかけたのがきっかけの様です。

しかし当時とても多忙で、藤田さん自体口に物を入れる商売に興味がなかったため「会えない」と断っていましたが、その支店長が「レイ・クロックという社長はとても面白い人だから、ぜひ一度会ってみてください」と、何度も手紙を書いて来たため、それならばと会うことになったのがきっかけだそうです。

 

クロック氏は会うなり、「君は何をしているんだ」と聞いてきました。藤田さんは「ハンドバックの輸入代理店をしている」と答えると、「ハンドバックというのは、ひとりが1年でひとつかふたつしか買わないだろう。しかし、ハンバーガーは毎日売れるんだ。だから、お金を儲けるために商売をするならハンバーガーのような商売をしなければダメなんだ」と。そして、日本人の名刺300枚以上を見せ、「彼らは商売をしらないからダメだ。お前がやれ」と口説いてきたそうです。

 

そして、藤田さんは「アドバイスは受けるが命令は受けない。従業員は全て日本人でやる」などの条件をつけ、またクロックは「30年で500店舗を展開させ、成功させる」事を条件とし、藤田さんの日本マクドナルドの創業が決定しました。この結論に至るまで、20分程度だったそうです。

 

そして現在、1971年に東京銀座に一号店をオープンしてから48年で全国約2800店舗まで展開し、活躍し続けています。

 

この躍進を実現させたのは間違いなく藤田 田さんのビジネスにおけるテクニックでしょう。

この日本マクドナルドだけでもどれだけのアイデアが散りばめられているかというと、

 

記事の冒頭にも書いた通り、人がポケットからお金を出しやすい高さが92センチであると導き出し、マクドナルドという名前に関しても、正しい発音である「マク-ダーナルズかマク-ダーヌルズ」というのを強く主張していた米本社の意見を押し切り、日本人が発音しやすい3-3の韻になるよう「マクド-ナルド」としている。

 

また、赤色と黄色のおなじみのロゴですが、あれは信号機の色と同じです。黄色が「注意」で赤色が「止まれ」。人間が一番ハッと思って止まる色なのだそうです。

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さらに、マクドナルドを利用した事のある人が一度は飲んだ事のある商品、マックシェイクですが、これにも工夫がされており、人間が一番美味しいと思う強さとスピードは母乳。なぜ赤ちゃんが一生懸命飲むのかというと、母乳を飲む時の強さとスピードが一番美味しいと思う強さとスピードだからで、それに合わせて開発されたのがマックシェイクだそうです。

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自分たちが何気なく利用したり、口にしているものにこんな工夫がされているのはびっくりですよね。

少ししてやられた気持ちにすらさせられます。

 

この藤田 田さんはユダヤ人の教えのもと、超合理的経営で知られており、自身も「人の上に立つためにも、数字を使わなければならない。数字の持つ客観性こそが、人を説得するのである。」という言葉を残している。

 

それを裏付ける例として、藤田 田さんはハンバーグを焼く鉄板の厚さは32mm、表面温度は摂氏188度で3分半焼き、注文されて32秒でお客にサーブ、人間が温かい食べ物で一番美味しく感じるのは61度(60度でも62度でもダメ)、水が一番美味しいと感じるのは4度。スマイルで3秒間だけ催眠状態にかかる。などの数字が持つ説得力をビジネスに活かしていく事を自身の哲学としている。

 

そして有名なエピソードとして、日本にマクドナルドが上陸して間もない頃、1人の高校生が藤田 田のもとを訪れる。藤田さんは超多忙で、社員がいつも断っていた。その高校生は何度も電話をしたが断られ続けたため、福岡から自分で飛行機に乗って東京に来て、どの様にしてか社長室の電話番号に電話したと言われている。

 

そして面談にこじつけ、「これからの時代何が必要か?」と少年が聞くと「これから人々を世界を動かすのはコンピューターだ。今のコンピュータはこの部屋ぐらいの大きさだが、これからはもっと小さくなる。そしてもっと必要になるので、アメリカでコンピュータの勉強をするといい」と言われたそうです。

 

この言葉を受け少年はアメリカに留学を決め、コンピューターを勉強しました。

 

 

 

この少年が、孫正義です。

 

 

そして、後にソフトバンクを創業する事になります。

 

この話は、時代を作っていく人同士に縁があり、こうしてバトンを渡して行くのではないかと考えさせられます。

 

 

僕は藤田 田さんから、社会人として大事なのは、圧倒的なチャレンジ精神と人に何かを伝える時にいかに準備が大事かそして、大事なものや何かをひらめく時は常に身近に存在しているものの中で起こる。という事を学びました。

 

自分自身これから社会人としてなにが大事か取捨選択しながら、成長していきたいと感じました。

 

とても長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。